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東京地方裁判所 平成3年(ワ)9004号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

理由

第一  請求

被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡し、かつ、平成三年五月三一日から右建物明渡し済みまで一か月金二〇〇〇万円の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告は、被告に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を賃貸していた(以下「本件賃貸借契約」という。)ところ、被告が次のような信頼関係を破壊する行為をしたので、本件賃貸借契約を解除したとして、本件建物の明渡しと、右賃貸借契約を解除した日の翌日である平成三年五月三一日から明渡し済みまで一か月金二〇〇〇万円の割合による賃料相当損害金の支払を求めた事案である。

1  本件建物を含む通称虎ノ門三三森ビル(以下「三三森ビル」という。)は、原告と被告の関連会社である森ビル株式会社との共同建築契約によつて建設された貸しビルである。本件建物に関し、原告と被告との間で、賃貸借契約という法形式を採つているが、原告の目的は、本件建物のテナントからの賃料収入の確保にあり、他方、被告の目的は、本件建物を転貸して得る賃料収入と原告に支払うべき賃料との差額を利益として収受することにあり、本件建物を自ら使用することにあるものではない。

このような原、被告の目的を達成するための契約形式としては、サブリース契約(不動産会社がいつたん賃借人となつて転貸借を行うことにより、家賃保証をする法形式)と管理委託契約(不動産会社に賃料の集金、建物の管理業務を委託し、一定の手数料を支払う法形式)があり、そのいずれを選択するかは建物所有者の自由であるが、本件建物についてはサブリース契約が選択された。

ところで、借家法は、借家人の居住権の保護にその制度目的があるところ、本件賃貸借契約は、実質的には本件建物の管理及び賃料集金代行契約にすぎず、被告の固有の居住利益はないのであるから、このような契約関係は、借家法の適用範囲外の契約類型であるというべきである。したがつて、本件賃貸借契約の解除に当たつては、借家法の法理によるのではなしに、一般の継続的な契約関係の法理に従つて、その有効性の有無が判断されるべきである。

2  このような観点から、被告には、本件賃貸借契約の継続を困難にする次のような信頼関係の破壊行為があつた。

(一) 本件賃貸借契約においては、その期間が三年とされ、契約更新時の一年後に賃料の改定をする約定となつているところ、被告の転貸借契約の期間は二年となつており、契約更新時ごとに転貸賃料増額がされている。その結果、原告の賃料と被告の転貸賃料とは、年を追うごとに乖離が拡大しているため、原告は、遅くとも昭和五五年九月以降被告に対し、本件賃貸借契約期間の短縮等賃料改定方法について協議を申し入れているが、被告は、現在に至るまで誠意のある対応をしない。

(二) 三三森ビルの地下一階及び二階の一部については、前記共同建築契約において、原告の単独所有とする旨約されていたにもかかわらず、森ビル株式会社が、共有登記をしてしまつた。そこで、その補償の意味を含めて、被告は、原告に対し、本件建物に近接する仙石山アネックスマンション(以下「仙石山マンション」という。)の駐車場付き二室を廉価で譲渡するとともに、北側道路への車両による通行を可能にする通路の確保を約したのであるが、仙石山マンションの隣地に別のビルを建設し始め、そのため、原告の自動車での通行及び右駐車場の利用を不可能にしてしまつた。そこで、原告は、被告に対し、しばしばその善処方を申し入れたが、被告は、言を左右にして誠実な対応をせず、工事を続行させて、右駐車場を廃止し、かろうじてあつた歩道も封鎖してしまつた。

二  争いのない事実

1  原告は、森ビル株式会社に対し、昭和五三年七月一三日、本件建物を、期間同五二年九月一日から三年間、賃料月額四八九万八六一八円の約定で賃貸しした。被告は、同五九年九月一日、賃借人の地位を承継し、以後本件賃貸借契約は更新され、現在の賃料月額は、一一八八万五七七四円となつている。

2  三三森ビルは、原告と森ビル株式会社との共同建築契約によつて建設された貸しビルである。原告は、本件建物のテナントからの賃料収入の確保を目的として、被告は、本件建物を転貸して得る賃料収入と原告に支払うべき賃料との差額を利益として収受する目的として、本件賃貸借契約を締結した。

3  本件賃貸借契約においては、三年ごとの契約更新時の一年後に賃料の改定をする約定となつている一方、被告の転貸借契約の期間は二年となつており、契約更新時ごとに転貸賃料増額がされている。原告は、昭和五五年九月ころから、被告に対し、本件賃貸借契約期間の短縮等賃料改定方法について協議を申し入れているが、原、被告間の協議は整つていない。

4  三三森ビルの地下一階及び二階の一部については、共同建築契約において、原告の単独所有とする旨約されていたのに、森ビル株式会社が、共有登記をしてしまつた。そこで、当事者間で協議された結果、被告側から原告に対し、昭和五三年一二月七日、本件建物に近接する仙石山マンションの二室を譲渡した。

5  右仙石山マンションの譲渡に当たり作成された土地付き区分建物売買契約書には、森ビル開発株式会社は仙石山マンションの北側隣接区域を開発する計画をもつており、原告は開発計画に協力する旨の記載が、仙石山マンションの区分所有者全員の合意により作成された仙石山アネックス規約には、各区分所有者は、隣地及び近隣者の建築行為に協力する旨、仙石山マンション北側出入口は森ビル株式会社及び森ビル開発株式会社が駐車場を開設している間、臨時的に設置されたものであるため、将来開発の都合により出入口が変更されること及び現在の塵芥置場が近隣者の通り抜け通路に変更されることを各区分所有者は予め承諾する旨の記載が、原告と森ビル開発株式会社との間で作成された森ビル臨時駐車場契約証には、駐車場が臨時のものである旨、契約期間中でも森ビル開発株式会社が他に利用することを決定したときは、原告は駐車場契約の解約に応じる旨の記載が、それぞれ存する。

6  被告は、本件建物を占有している。

7  原告は、被告に対し、平成三年五月三〇日到達の書面により、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

四  争点

被告側に、本件賃貸借契約の継続を困難ならしめる信頼関係を破壊する行為があつたかどうか。

第三  争点に対する判断

一  原告は、本件賃貸借契約の継続を困難ならしめる信頼関係を破壊する行為の有無に関する判断基準について、第二、一、1記載のとおり、借家法の法理によるのではなしに、一般の継続的な契約関係の法理に従つて判断されるべきである旨主張するので、まず、この点について検討する。

本件賃貸借契約の実質目的が賃料収入又は賃料収入の差額の確保の点にあることは当事者間に争いのないところであるが、その目的を達成するためには、種々の法形式を採り得るところであつて、原告も自認するごとく、本件においては、両当事者の自由な選択により、原、被告間の賃貸借契約及び被告の転貸借契約方式が採られたものである。そうである以上、原則としては、両当事者の選択した法形式に従つた契約法理、すなわち、賃貸借契約の法理を適用すべきは当然であるというべきである。また、原告は、本件賃貸借契約に賃貸借契約の法理を適用すべきものとしても、その実質に着目すれば、借家法の適用はないと主張するが、転貸することを目的に建物を賃借する契約関係一般に借家法の適用はないとすることは、独自の見解であつて採用できないばかりか、転借人の地位を不安定にするという転借人の保護の観点からも採用できない。この点について、原告は、いわゆるサブリース契約においては、通常原賃貸借契約を終了させる場合には、原賃貸人は転貸借契約における賃貸人の地位を承継するとの転借人の保護条項が設けられていると主張し、《証拠略》によれば、本件賃貸借契約においても同様の転借人の保護条項が設けられていることが認められる。しかしながら、サブリース契約において常にこのような転借人の保護条項が設けられているとの担保はない上、仮に、このような転借人の保護条項が設けられていたとしても、原賃貸借契約における一方当事者の自由な意思により転貸借契約における賃貸人が容易に変更される場合には、信頼関係の継続を前提に転貸借契約関係に入る転借人にとつては、それが貸主の変更という予想外の重大な事態であり、貸主が誰かにより思わぬ不利益がもたらされることにもなりかねないというべきである。

もつとも、賃貸借契約の継続を困難ならしめる信頼関係の破壊行為の有無の判断は、当該契約関係の両当事者間に存在する諸事情を総合考慮しての具体的、個別的判断であるから、その判断に当たつては、当該契約が締結されるに至つた経緯、目的、当該契約が終了することによつて生じる各当事者の不利益等の事情が考慮要素の一つになることは当然のことでもある。したがつて、原告主張の点は、この意味で考慮されるべきものということができる。

二  そこで、次に以上のような観点から、本件賃貸借契約において、被告側に信頼関係の破壊行為があつたかどうかについて検討する。

1  原告は、原賃貸借契約である本件賃貸借契約の賃料と転貸借契約のそれとの乖離をなくするための協議の申し入れに対し、被告が応じないことをもつて、信頼関係の破壊行為があつたと主張するが、そもそも原告、被告側の自由な意思により本件賃貸借契約を締結したものである以上、その結果として生じる事態について相手方が契約内容の変更に応じないとの一事をもつて、信頼関係の破壊行為があつたということは到底できないものというほかない。かえつて、《証拠略》によれば、被告側は、原告からの右協議の申入れに対し、その都度相応の対応をしており、必ずしも不誠実であつたとまで認めることができない上、本件賃貸借契約には、三年の更新時期の一年後に、転貸借契約における各室賃料の坪当たり単価最多価額又は平均値の高い額のいずれかに八五パーセントを乗じた額とするとの約定が存することが認められ、これらに照らせば、原告の主張は採用することができない。

2  原告は、被告側が仙石山マンションの隣地に別のビルを建設したことにより、原告の自動車での通行及び右駐車場の利用を不可能にしてしまつたこと、原告の善処方の申入れに対し、被告が誠実な対応をしないこと等をもつて、信頼関係の破壊行為があつたと主張する。

しかし、仙石山マンションの原告への譲渡が、三三森ビルの地下一階及び二階の一部について原告の単独所有とする約定に反して共有登記がされてしまつたことに起因して行われたものであつた(当事者間に争いがない。)としても、仙石山マンションの利用を巡るトラブル自体は、本件賃貸借契約関係から生じた固有の問題ではない上、第二、二、5記載の争いのない事実及び《証拠略》によつて認められる、被告側は、原告からの右善処方の申入れに対し、代替の駐車場を提供するなどその都度相応の対応をしており、必ずしも不誠実な態度ではなかつたとの事実に照らせば、原告の主張は採用することができない。

三  以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、結局理由がないことに帰するから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

なお、蛇足ながら、今後原、被告間において、賃料の改定方法、仙石山マンションの利用を巡る問題等について、協議が継続され、円満な解決が図られるよう双方が努力することを期待する。

(裁判官 秋山寿延)

《当事者》

原 告 株式会社田中コンストラクシオン

右代表者代表取締役 田中正二

右訴訟代理人弁護士 野々山哲郎

被 告 森ビル興産株式会社

右代表者代表取締役 森 泰吉郎

右訴訟代理人弁護士 樋口俊一 同 鶴田 岬 同 高野康彦 同 早水暢哉

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